紅蓮の体から腕が伸びてくる。それは一瞬のことだというのにとても長く感じられた。 反射的に目を瞑り、自分が助かることを祈った。誰かが助けに来てくれる……。 え……? ……助けに来てくれる、僕は何を考えてるんだ? いつもいつも助けに来てくれる、それに頼ろうとしていることに気づいた。心のどこか で自分は死なない。絶対に誰かが助けに来る、と信じている。 僕は弱いのか……?誰かがいないと何もできない。そんなことはないっ! 痺れる体を無理やりに引きづり起こして攻撃を避けた。全身に痺れ毒が回っているよう で、立つことも間々ならない。さらに剣もない。なんとか体が倒れないように意識してバ ランスを保ちながら状況を打破する方法を考えた。 剣が無いと何もできないのかよ、僕は…… 敵は硬い。素手でどうにかなる相手では無いとわかっている。剣で折れた。素手で太刀 打ちはできないだろう……でも。 自分の中にあった格闘の知識を引き出す。そして気功を拳に集中した。自己流な構えを とる。 わかっていても僕は素手で戦うことを選んだ。これしかない。戦うにはこれしか無い。 戦いに集中する。 トンガリ:「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 利き手の拳をその体へ打ち込む。硬い。そう感じるが構わず力を込め続ける。やれる、 やれるんだ……、気力を振り絞る! トンガリ:「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 反動で僕は押し返された。相手には目立った外傷はない。拳を打ち込んだ部分がわずか に焦げた程度だ。これとは逆に自分の疲労度はぐっと増えた。 疲れたところに痺れが押し寄せてくるが、気合で何とか持ちこたえる。 もう一度、攻撃を試みる。結果は同じ。相手にダメージはなく、自分が疲労する。 何度も何度もやった、それでも結果は変わらなかった。 それが悔しくてまた何度も何度もやった。剣士だから剣が無いと戦えない?そんな事知 るかよ! その何度か目で腕が折れた。折れたのは分かっているのに痛みの感覚がない。もう痺れ が…… 紅蓮の体は相変わらず何かを喋っている。言葉にはならない何かを。もう理性など残っ ていないだろう。人間にはこの姿に基本的になれるはずがない。だとしたら…… 闇エルフ。 その名前が浮かんできた。通常のエルフとは違い、闇の力を帯びているエルフ。上級の 者になるとハイエルフと同等の魔力を持つという。そいつに何か魔法をかけられたのかも しれない。でも今はそんなことはいい。こうしている間にも体に痺れは回ってきている。 トンガリ:「……!!!?」 上空から剣が落ちてきた。長剣。少し反り返っている剣、剣というより刀。普通の剣と は違う異型な独特な形状を持った武器、倭刀。 何でこんなものが天から降ってくるのかわからないがそれを使わない手はない。 剣を柄を握った。何処からか力が沸いてくる。底知れない力だ……。負ける気がしなく なり、体中の痺れも何故か消えてきた感じがした。折れた腕の感覚さえも。 勝てる、僕はそう確信した。 トンガリ:「僕はこれでお前に負けるわけにはいかない……!」 倭刀を一振りして振り上げる。そしてもう人間の面影すら無くした者に駆け出した。同 時に相手も駆け出してくる。 倭刀が魔物と化したそれを今度は意図も簡単に貫いた。魔物は断末魔の叫びはあげなか った。数歩後ずさりして 盗賊首領:「へへ……やっぱり誰かに力を貰うのは反則ってことかよ……」 理性を失ったはずの彼がそれを取り戻していた。刀が突き刺さった体をそのままにして 僕に喋り続ける。 盗賊首領:「俺は……名のある盗賊の首領だ。あの地方では知らぬ者はいなかった。そし て、逆らってくる奴もいなかった……」 トンガリ:「……もう喋るな」 盗賊首領:「そこにお前が来た。お前は俺たちが集団だったというのに簡単に倒した…… 今まで負けなしだったこのヌスール様をな……」 ヌスール。たぶん今では壊滅しただろうが盗賊首領の名前なのだろう。 ……こいつも悔しかった。 盗賊首領:「俺に仲間はいた。……俺はいつもアイツラとは仲間だと思っていた。お互い に助け合う。だから俺は恐くなかった。商人から身包み剥ぎ取ろうが、通行人を襲おうが!」 瀕死とは思えない口調で彼は力強く続けた。 僕の剣は彼の体を完全に貫いたままだ。それを引き抜きもせずに言い続けていた。 盗賊首領:「……お前には仲間、がいる。信用のできるな。仲間は…信用するんだぜ?……俺 もいい仲間を見つけて…いたら、ここまで腐らなかったかもな……ゴフッ!」 ヌスールが喀血した。でもその血は赤くはなかった。魔物、ゴブリンなどと同じ、緑の血。 盗賊首領:「へへ……、俺も完全に魔物だな……。今度はまともな奴に生まれ変わってお前 を殺しにいくぜ……」 トンガリ:「ヌスール、お前は良い仲間が欲しかったんだな……」 盗賊首領:「へへ……、さぁ……な?」 トンガリ:「最後に一つ聞きたいことがあるんだ」 盗賊首領:「……俺はもう死ぬ……?短め、のでたのむ……ぜ?」 それはあたりまえの質問であり、僕が彼を見て最初に思った疑問。 トンガリ:「お前をそんなのしたのは誰だ……?」 盗賊首領:「へっ……、何、かと……思え、ば……」 もう彼は持ちそうに無い。魔物の体が人間の体に戻りつつある。今、前者のときに受けたダメージが急 速に人間の体に取り込まれていっている。生身の体にあれだけの打撃を受けたことになる。無事であるはずがない。 盗賊首領:「ゴフッ……、さ……ゲフッ、な……」 トンガリ:「死ぬ前に教えてくれ」 盗賊首領:「……こ、この……森の何処かにまだ……いるぜ……?」 彼はそう言って何か震えた指でを取り出した。僕がこの森に来る前にレンジャーからもらったのと同じ 物だ。森から出るためのもの。脱出装置のようなもの。そういうことは 盗賊首領:「へへ……、アイツは……この森デラレネェ……ぜ?」 トンガリ:「おい!」 盗賊首領:「少し……ゲ八ッ、喋りすぎた……か、ふぅ……」 彼はもう起きなかった。剣を腹に刺したまま、さらに重症をおっているのに無理に喋った。黙っていても死んだかもし れないが、それが死を早めたようだ。少し悪いことをしたかと思う。 ふと見ると彼はもう完全に人間の体になっていた。口から垂らしている血も緑ではなく人間の赤に戻っていた。本人は最後まで気づ かなかったかもしれないが。満足そうだ……。してやったりとした表情を浮かべている。 僕は持ってきていた毛布の一枚を彼に掛けると森の奥へと再度歩き出した。 第四十六章へと続く・・・ |