第三十六章  「大剣士と呼ばれた男」





 僕の父、リガールが弟子を何名か採っていたのかは知っている。その何人かの中に彼
女、チェリケーが入っていたということである。そしてその彼女が父の最期の姿を見た
という……。父は死んだのか、それともまだ何処かで生きているのか。彼女はそれを知
っているのだろうか。僕の旅の目的である、父の所存を。
 彼女の語りが始まった………

「だから、修行だといっているだろ。これ以上聞くな。」
「だ〜か〜らぁ〜、詳しく教えて下さいとぅ〜頼んでいるんですぅ!」
「チェリケー、師匠も困っているだろ?もう聞くな。」
 ここは悪霊の森。そう呼ばれる理由としては、この森に生気が感じられないから。植
物や動物さえ全く生気を発していない。そんな中、この三人だけは凄まじい生気を放っ
ていた。三人。一人は立派な倭刀を腰に提げた赤髪の男。一人はまだ年端もいかないい
かにも少年といった銀髪の男の子。最後の一人は、こちらも年端もいかない紫の髪の少
女。傍から見れば、親子に見えたかもしれないが、こんな所に家族連れで来る物好きは
いない。まぁ、実際は三人は師弟の間柄である。
 立派な倭刀を腰に提げた男、リガールが急に足を止めた。
「……お前らはもう帰れ。特にチェリケー、お前は五月蝿すぎる」
 チェリケー、少女の名前である。その少女からすぐに怒りの言葉が返ってくる。
「五月蝿すぎる…って何ですかぁ!全然喋らないこれよりマシですよぉ!!」
 と言って一人の少年を指差した。二人のやりとりが終わるのを面倒くさそうに待って
いる銀髪の少年を。
 少年は指を指されたことに気づいたらしい。チェリケーを一瞥すると師に言った。
「師匠、チェリケーは帰してもいいですから、僕だけは連れて行ってください」
 その師匠。リガールが呆れたように口を開く。
「元はお前達を連れてくる予定ではなかった、勝手についてきて……、もういいだろ」
 すぐに少年、少女。弟子達二人のブーイングが放たれる。
「せっかくぅ、ついてきたのにぃ、それは無いんじゃないですかぁ?」
「この先へ何があるのかは知りませんけど…僕はついていきますよ。」
 リガールは嘆息した。この二人に何を言っても、ついてくることは分かっていた。
 なので、こっそりと夜に家を出てきた、というのに気づかれてしまった。もっと慎重
に来るべきだったと後悔しながら歩き出した、森の奥へと。それに二人の弟子達が続い
た……
 森に入って歩き出して、一時間というところか。そろそろ…だな。
 リガールは自分達の周りの空気が変化していっていることを感じていた。それ打ち消
すように少女、チェリケーが声をあげる。
「師匠ぉ〜。まだですかぁ〜?」
 間の抜けた様な声を聞いて脱力しそうになりながらも、それに答える。
「……そろそろ森の最深部だ。勘の鋭いお前なら気づいているのでないか?この森に入
った時と空気が変わってきていることを。」
「………………」
 言っていることが分かっているのだろう。少女が黙る。それに追い討ちを掛ける様に
彼は続けた。
「分かるだろう?この先は危険なのだ。お前達は帰ったほうが………」
「いやですっ!師匠にずっとついていくって決めたんです、私は!」
「そうです、師匠。一人で抱えちゃ駄目ですよ!」
 彼の声を消すように二人が抗弁した。それを聞いて彼は考え出した……
 本当に…何を言っても聞かないか。やはり、無理しても町に置いてくるべきだったな。
こいつらは無関係だ。ここで死なせるわけにはいかない。
 私はふと頭によぎったことを聞いてみる。
「……お前ら、ティアは好きか?」
 師がこんな質問をすることはあまりない。少しそれを珍しく思いながら二人の子供は声
を揃え答えた。
「はいっ!」
「はい」
 ………………。
 リガールは無言で歩き出した。森のさらに奥へと。
 このとき弟子達はこの森で何が起きるのか気づいていなかった……

 ふと、つい先程まで歩いていた森と空気が変わった。最初に入ったときから空気が変わ
っていっていたのは気づいてはいたが急に濃くなった。何の前触れも無く……
 まるで異世界にいるような感覚が空間を支配する。次にリガール達の前方に何十体かの
闇エルフが出現する。
 (待ち伏せしていた、だと!?。事前に私が来ることを知っているはずが………)
 大剣士は自分が焦るのを感じた……。帯剣に手をかけ後ろにいる弟子達へ背中越しに言
う。
「お前らはこの事にまだ関係ない。帰れ」
「何故です、師匠!」
「そうですよぉ、師匠ぅ〜」
 リガールは二人の声に対し、彼らにあまり使ったことのない大声をだした。
「早く帰るんだ!!」
 師のあまり見ない姿をみて弟子達が困惑の表情を浮かべる。
 私は何を焦っている……?闇エルフごときに、何を………
 そんな中、チェリケーが申し訳ないような声をあげた。
「師匠ぅぅ……、後ろからもぉ…」
「何だと!!?」
 リガールは急いで後ろを振り返った。蛇、それも大きい。それが数十匹はいる。その体
を波のようにくねらせ通路を塞いでいた。
 こいつらを死なせるわけには。…………。
 彼は何故自分が焦っていたのかを知った。弟子達を失うのが怖いのだ。自分の意思を継
ぐであろう者が……。弟子には今まで自分の考えを説いてきた。
 カタストロフィア、ティアに災いを降らせる大災害。ヒト、動植物はおろか、エルフや
ティアに棲む全てのもの達が死に絶える……。それに対抗すべき術を、救世主を探さなけ
ればいけない。救世主、μを………
 自分が思いつめていた顔でもしていたのだろう。弟子の一人の少年に声を掛けられる。
「大丈夫ですよ、師匠。後ろの敵は僕が引き受けます。」
「……死ぬなよ」
「これでも大剣士リガールの弟子ですからね。簡単に死にませんよ。師匠は前の敵を頼み
ましたよ。……安心してください。いつも師匠がいってることですよ、じゃ」
 そういって少年は剣を抜き大蛇の軍へ突っ込んでいった。
 いつも言っていること、か。気持ちが不安定な状態で戦うと死ぬ。ふっ、生意気な……
 少年を見送りながら、また彼は考えていた。
 闇エルフ……、噂は本当だったというのか……?それにしても何という数なのだ。
 彼は覚悟を決める……。
「チェリケー、あいつを連れて逃げろ……。これを使えば入り口へもどれるはずだ」
 そういってリガールはチェリケーに不思議な物体を投げ渡した。何かの移動装置なのだ
ろう。だがおそらく使いきりのものだ。それを分かったかは知らないが少女が声をあげた。
「皆で戻るんですっ!私達だけじゃ嫌です!」
「お前は私が死ぬと思うか? それに私にはまだすることがある」
「でも……」
「……大丈夫だ。もうお前らは立派な……。心配する必要は無い。あいつを連れて逃げろ、
早くいけ!」
 自分の無力さを感じながら彼女は、まだ大蛇と孤軍奮闘している少年の元へ行き、先程
リガールに渡された移動装置を使った。足元に魔方陣が出現し光が自分達を包み込む。
「これは移動装置か何かか!?……チェ、チェリケー!!師匠は、師匠はどうした!!!?」
「…………」
「黙っていても何も分からない……。なっ……」
「…ひく……えぐっ…」
 少女は何も答えてはしなかったが、ただ涙を流す彼女を見て少年はただ黙るしかなかっ
た。
 
 大剣士は魔方陣に消えてゆく二人の弟子に言った。一つ、いつも気がかりだったことを。
「ルーインにいる私の息子のこと、頼んだぞ、お前ら……」

 二人が森の外へ脱出したことを確認してから彼は剣を握る手に力を込めた。躊躇う必要
は無い。弟子達は逃がした。気がかりなことも頼んだ。もう何も困ることは無い……躊躇
う必要は無い。
 自分の前に広がる無数の敵へ向けて言い放つ。
「私を貴様らが今まで狩ってきたヒトだと思うな、死にたくなければ全力でかかってくる
んだな!」
 大剣士は腰の倭刀を抜く。彼独特の構えをとり、何匹いるか分からない無数の敵に戦闘
態勢をとった………



第三十七章へと続く・・・



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