第四十三章  「潜入」





 悪霊の森への一歩を踏み出す。さらに足を進める。話でしかこの森の事は聞いていない。
自分自身でこの森へ入るのは始めてである。聞いたとおりに暗い森だ。明るさが暗いのもあ
る。だがそうじゃない。本当に空気が暗い……。
 ここの植物から生気が感じられない。ここは森だ。植物はおろか生物は絶対にいるはずで
ある。なのに本当に一切の生気を感じることができない……。
(何があるんだ、この森に……)
 一歩一歩を踏み出す。静寂。この森は静寂に包まれている。自分の定期的な足音しか聞こ
えない。普段気にすることの無いそれがいつもの倍以上の音に聞こえる。
 冷静はできるだけ保つようにした。でもそれは永くもたない。森に自分しかいないのはな
いかという錯覚に囚われる。それが恐かった。
 独りで夜道を歩くというのは少しは恐いかもしれない。それは誰かに襲われるのではない
か、という経験的感覚だ。
 だが、今感じているこの感覚はそれとは違う。これは……本能的に恐いのだ。
 経験したことのない。……それを抑えながら僕は進んでいった。

「青い花…青い花……」
 青い花というのはこの森に入る前にレンジャーの人が教えてくれた道しるべのこと。これ
を辿って行くと最深部まで無事つけるらしい。
 この薄暗いところに咲く青い花は珍しい。アクセントとなってあまり気にしないでいても
目に付く。
 それが突然なくなった。周りを探しても見つからなかった。見つからないはずはないのだ。
黒ずんだ緑にライトブルー。光を放つような色だ。見つからないはずはない……
 行き場を見失ったが、戻った場合ここまで進んだ意味がなくなる。それが惜しくて前へ進
むことにする。きっとまた青い花が咲いているに違いないと思いながら……

 ふと、自分の足音の他に、別の音がしたような気がした。
 立ち止まる。
 普通の森なら動物が通った音などある。でもこの森にはそんなことはない。気のせいだっ
 たのかもしれない。
 歩き出す。
 また音がした。今度はしっかりとその音を聞いた。生物の……足音。小動物の足音ではな
い。二足歩行特有の定期的なリズム。この音は人間の足音……
 僕はそれが誰なのかを想像してみる。シャウト、クレストさん。もしかすると先に入った
ベンゼン爺。違う……、シャウトなら隠れるかもしれないが、ばれるように音を立てて尾行
はしてこない。クレストさんはそもそもこそこそ尾行する理由なんてない。ベンゼン爺か?
でもそれなら会うのが早すぎる。じゃあ……誰だ?
 その音のした方向から尋常でない殺気が放たれていた。先程までは感じられなかったが、
今は感じられる。感じなかったのは感情を隠していたからだろう。それが解き放たれている。
 普通の殺気じゃない……、怨み?そんな感じの殺気……
 そちらに神経を集中する。途端、小型のナイフが飛んできた。頬を掠めて後ろの大木に刺
さる。
「誰だ!?」
 僕はその誰かがいるであろう方向に怒鳴った。返事は返ってこない。またナイフが飛んで
くる。二回目のは見切れた。大木に新たな傷ができる。
 姿を見せないっていうのか。僕は剣を抜き衝撃波をナイフが飛んできた方向に放った。
 森の静寂が一瞬その音で破られるが、またすぐに元の静寂に戻る。
「ヘヘヘ……見つけたぜ」
 倒れた大木の中から一人の男が現れた……



第四十四章へと続く・・・



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