第四十四章  「発狂」





 現れた男には見覚えがあった。
 いかにもガラの悪そうな男。悪党面の男。橋で、辺境で自分を襲ってきた男。
 盗賊の首領。
 でも、あの時と違う。分からないけど雰囲気というか全てが違っている。この殺気は普
通の人間のものではない……
「……よぅ俺のこと覚えているか?」
「何でお前がここにいる!?」
「俺のこと……覚えているよナ?」
 盗賊の首領。ただの盗賊だ。それなのに何だ。このプレッシャーは……
「忘れテはいないよナ……」
 少しずつ、自分に近づいてくる。僕は構えていた剣を握りなおした。それを男に向ける。
だが、男はそれに気づいていないようだった。ぶつぶつと喋り続けている。
「俺は力ヲ……モラッタ!」
「……はぁ!」
 掌から気弾を発する。男に命中し数メートル後方へ吹っ飛ぶ。
 まるで効いていなかったかのように立ち上がりまた喋りだす。
「……俺はナこの辺りデは名を知ラナい者はイなイ程の大盗賊だっタ。そウ。だったんダ」
 僕は構えを解かずに男がどんな動きをとっても対応できるように集中した。
「ナのに……ナノにヲ前が……」
 こいつ……何か変だ。先から声が所々変わっている。それにしても……なんだ?この感じ。
この男、人間の色が少しずつ薄くなってきていっている。だんだん魔物に近く……?
「ウォァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
 発狂。まさに男が発狂したようだった。それを始まりとして姿が変わっていく。人間とは
かけ離れたものに。背からは紅蓮の翼が生え、指が鋭い爪へと変わっていく……
 それは竜を思わせた。鋭い爪に大きな翼……
 その姿からはもう理性は感じられなかった。人間の面影はない。
 人間がこのような姿になることは説明がつかない。何かにとりつかれているのか、それと
も僕は幻でも見ているのだろうか……
 目の前の光景が信じられなくなり声をあげる。
「一体何なんだよ!!!?」
 鋭く剣を抜き、翼と同じ紅蓮の体を渾身の力で斬りつける、が、その体は切れるどころか
傷一つ付かなかった。ノーランディアの大蜘蛛のような外殻の硬さだ。
 一度、間合いをとって戦闘体勢を整えようとして気が付いた。それは思いもしないことだ
った。剣が欠けている。単なる刃こぼれ……のレベルじゃない。刃が使い物にならないほど
欠けている。たった一撃で。
 あの大蜘蛛よりも硬い……。
 考えている暇などないことは分かっていた。すぐに我に帰る。
 気が付くと、目の前に男、翼と鋭い爪を持った魔物がいた。
 鋭い爪で薙ぎ払われる。剣で受け止めたのだが刃こぼれした剣だ。簡単に折れ、爪は速度
を落とさないまま僕の体を薙ぎ払った。
 頑丈な鎧など着てはいない。爪が鎧ごと肉体を切り裂くのがわかった。
 ナイフの刺さっている大木まで吹っ飛ばされ、そこにぶつかる。
 強烈な痛みが体を突き抜けるが、傷は思っていたよりは深くはなさそうだ……。皮の鎧で
も装備しないよりはマシだということか。
 安心したのも束の間、急に体の自由が効かなくなる。脱力し、その場に倒れこんだ。
 理由は単純だ。それが何故だかをすぐに理解する。さっきの爪が毒を含んでいたというこ
と。
 ただの痺れだけならばまだいい……。と普通なら思えるが今は良くない。この状態では、
もう次の攻撃は絶対にかわせない。
 失っていく感覚の中で目を開けると紅蓮の体が僕を見下ろしていた……



第四十五章へと続く・・・



RETURN